分からない事なんて一つもなくて
今お前が何を考えてるかなんてすぐに分かって

何でまた寂しがるんだよ



「<オレ>、起きろよ」
「う...ぅん...?」
「...<オレ>?」
冷たい手が額に当てられた。
「冷たい...」
「酷い熱だぞ!?」
「だいじょうぶだよ」
「大丈夫なわけあるか!! 辛いんだろ!?」
怒鳴った彼の声が頭に響く。
いつも冷静な彼が唐突に声を荒げたので克哉は吃驚して目を見開いた。

「病院、行くぞ」
「だいじょうぶだよ。ホント。薬飲んで寝てればいいんだから。それより早く会社」
「会社は休む」
「は!? ごほっ、ごほっ」
真っ赤な顔で咳き込む克哉をとにかくソファーでなくベッドに寝かせると
克哉はキッチンに向かった。

「...」
眉を顰めた表情は怒っても見えたが、
至極、焦っているようだった。


***

「起きろ」
「ぁ...、」
おかゆをお盆に乗せて、柄にも合わずエプロンをしている克哉に、
克哉は少し微笑んだ。

「何が可笑しい」
「似合うなって」
「俺はお前だからな」
その言葉の裏には、さり気無く「お前だって似合っている」の意図があったが
熱をだしている彼がそこまで考えられるはずもなく。

「美味しい」
「そうか」
「ごめん...ホント役立たずで邪魔ばっかりして」
「...」
熱で感情のセーブができないのだろうか。
ボロボロと泣き出した克哉を、克哉は溜息をつきながら撫でてやる。

「お前は良く頑張っている」
「...うそだ。センスもなければ何も無いドン臭いやつだと思ってるくせに」
「お前は少し頑張りすぎてるんだ。だからいつも」
おかゆを食べる手が止まったから、克哉は匙をとり、克哉に食べさせてやる。
「<俺>はオレなんだよな」

匙が鍋の底にあたり、こつんと微かな音を立てた。
事実で、分かっていた事なのに、
そう言われると、胸が痛む。
<オレ>は俺。
所詮は一つでしかない。
下の方を見つめる克哉の視線には、
克哉は映っていない。

どちらが本物か。
どちらが偽物か。

いずれは偽物は消えてしまうのか。
もし<オレ>が消えたら。
もし俺が消えたら。


「...ほら、食え」
「...あったかい...」

先ほどまで泣いていたというのに、
またタンポポみたいな素朴で明るい笑顔を見せる。

「今がずっと続けばいいのに」



*****




「オレ会社行ってくるから!!」
「...」
昨日あれだけ至近距離にいて、うつされたのだろうか。
眼鏡の克哉は寝込んでいた。

「午前中で切り上げてくるからっ。 2日連続欠勤はキツイだろ」
「...」
出かけようとした手を、
克哉はそっと捕まえた。

「ここに...いてくれ」
「へ?」
「2日分くらい...後でなんとかなる...」
どこにもいかないで、
一緒にいて。

克哉はふう、と溜息をついて、上着を脱ぐと、
克哉の眠るベッドの脇に腰をかけた。

「いつもこうだといいのにね」
大人しくなった克哉を眺める。

「永遠に今が続けばいい、な」
苦しそうに息を切らしながら、克哉は克哉に呟いた。
まるで、自分自身に魔法をかけるように。

「続くさ、きっと」







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