「御堂さーん」
就業時間後に静寂な空気を押し破ったのは、
克哉の声だった。

一つ一つの行動が心から愛おしい。
「先に帰っていろと」
「すみません、これ、差し入れです」
「差し入れ?」
一度家に帰ったのだろうか。
克哉が差し出したのは、手作りと思われるお弁当であった。
「コンビニじゃ悪いと思って」
えへへとデスクにおいて、それを広げる。
そんな克哉に手を伸ばす御堂。
「? 御堂さん?」
きょとんとして顔を上げる克哉に御堂はキスをする。

「っ、御堂さん、ここオフィス...!!」
「空腹よりもこちらを満たしたい」
「御堂さん、家まで我慢してください。
 ってかオレのお弁当食べれないですか??」


ぐさっ

「そういうことではないっ、
 私はわざわざ作ってまた戻ってきてくれる君が」
「分かってますよ。だからまずとにかく食べてください。
 お昼もちゃんと食べてないでしょう」

「キクチからこちらに来る時に言っていたな。
 『嫁に行くみたいだ』と」
「あ、...はい...」

「満更でも、ないな」
御堂の言葉に克哉は顔を真っ赤にした。


***

そんな平凡な毎日の中、
時期外れな新入社員が一人来る事になった。

名前も聞いていなかったが、
その社員を見て、一瞬で過去がフラッシュバックをした。


イジメを受けていた時の同級生だ。
相手も気付いたのか、此方を仕切りなしに見てくる。
克哉は、身体を震わせた。

「佐伯くん、どうした」
あまりの顔色の悪さに御堂が気付いた。
「い、いえ...なんでも、ありません」
「だが...」
「医務室へ行こう。私が連れて行く」
「いっ、いえ、自分で行きます」
迷惑をかけるわけには行くまいと、克哉はバッと御堂の手を振り切って走った。


「なんでっ...」
運命の悪戯というものなのだろうか。
克哉は恐怖に震える身体を両手で押さえて、トイレの個室に駆け込んだ。

怖い。
あの暗黒時代の記憶が蘇ってくる。

喉の奥から嗚咽が漏れる。


克哉は、無理矢理恐怖を心の内奥に沈めこめると、何とか仕事に専念した。
仕事に支障を出す事は、御堂の足手まといになるということ。
それだけは絶対にしたくなかったから。

「克哉」
唐突に二人きりの彼の執務室で名前で呼ばれドキッとした。
「克哉、今日の君は何か変だ」
「そ、そんなことありませんよ」
「...何かあったらすぐに言え。無理は厳禁だ」
彼の優しさも、今の克哉には素直に受け取る事が出来なかった。



廊下で、克哉は持っていた書類を全て落とした。
ばさばさと音を立てて広がる白い書類に慌てて克哉は慌てて目を落とした。
丁度、正面から彼、林正博が歩いてきたからである。
親切にも彼は克哉が落とした書類を拾うのを手伝ってくれた。
克哉はますます恐ろしくなって、
そしてとてつもない吐き気に襲われた。
「ぅッ...!!」
書類そのままに走ってきた克哉。
トイレに駆け込むと、胸の中の全てを吐き出し、それでもなお吐き気は止まず、胃液のみを吐き出す。

「嫌だなぁ、佐伯さん。俺見ただけでそんなんなっちゃうなんて」
その声に克哉は身震いした。振り返るとそこには書類を持った林がいた。
「キレーになったんだねー、佐伯。
 俺、そういう奴泣かせんの大好きなんだよね」
あの時と変わらない。

克哉は、誰かに助けを求めた。


かちん、と冷たい音がトイレに響いた。

眼鏡、だった。
Mr.Rに、ずっと前に返したはずの眼鏡がそこに落ちていた。
拾ってかけるか、
それとも。

ほぼ選択肢は決まっていた。
克哉はその眼鏡に手を伸ばした。

「オレは自分の力で変わるって決めたんだ...」
力強く、眼鏡を握り締めた。
こんな眼鏡、要らない。


「おい、佐伯くんっ」
大好きな声がした。
克哉は林の手からさっと書類を取ると、短く礼を言って御堂の元に走った。
「大丈夫か? さっき気分悪そうに駆けて行ったと聞いて」
「大丈夫です、もう」
「もう...か。」
「11時からミーティングがありますね、急がないと」


二人が立ち去った後のトイレ。
林は歯軋りをした。
克哉の態度に納得がいかなかった。
絶対落としたいと思った。


「掘り出すようで悪いが...。アイツとは知り合いなのか?」
「...知り合いっていうか...、御堂さん、
 御堂さんだから言いますけど、オレ、小学校の時イジメられてたんです」
「...」
「それで、彼はそのときの同級生なんです」
「何かまた言われたのか」

「...えっと...『綺麗な奴を泣かせるのが好きだ』と。
 御堂さん、危ないですよ、御堂さん綺麗だから


「...いや、それは君に向けて発されているのではないのか?」
「は? オレ全然綺麗じゃないですよ」
「...とにかくだ、すぐに私の所に来い。」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。
 オレ、御堂さんが居てくれると、それだけで強くなれる気がするんです」

「君はよくそんな台詞が...」
「す、すみませんっ」
勢いで言ってしまったが確かに後々考えてみれば恥ずかしい台詞だ。

「今日は就業時間内に仕事を終えるように」
「へ?」
「君は私のものだということをもっとはっきり示しておかないとな」
「だっ...//// み、御堂部長...」

誰にも、眼鏡にも頼らない。
彼が傍に居てくれるだけで、自分は変われる―――。

克哉はその幸せを、ぎゅっと抱きしめた。




**********************************************
**********************************************

後書きという名の懺悔室

「また懲りていないようだな」
うはっ、今度は御堂さんだぁッ!!

「君という人間は...文章能力がとことんないらしい」
す、すみません。なんせ本を読まない人間ですから。

「大体最後の文は何だ。いつも尻ツボミな作品ばかりじゃないか」
そうなんです。末期ですね。

「しかもこの作品、当初は 御堂×ヘタレ←克哉 のつもりで書いていたらしいじゃないか?」
その通りにございますっ

「本来なら眼鏡をかけてしまうところだったんだろう?」
ぐはぁぁ、そうなんっすよ。長編で書く予定でした。

「それが何だ、前半後半に分けようとして、ソレすら無理だったのか。」
だ、だって克哉には早く幸せになって欲しくてっ...!!

「それはいい心がけだ」
うわ、克哉には甘い...。

「人を妬む前に自分が褒められるなりの成果を出したらどうだ」
おっしゃるとおりにございます。

「佐伯君。罰を与えてやれ」
「お前という奴は...水攻めだけでは懲りなかったようだな?」
うわ、来た、眼鏡克哉っ...!!

「水の次は火だなぁ?」
ま、まさかっ...
ぎょええええええええええええッ!!!!!!!!

火あぶりの刑。

死亡。








戻る