「はぁ」

眼鏡をかけた自分は仕事で疲れているのか9時を過ぎた今も寝ている。

克哉は一人パンを焼き、それをゆっくり食べながら新聞を読む。
「安倍さんもホント唐突に辞めたからな」
麻生と福田どっちが次に総理大臣になるのか本気で考えながら、
既に休日でも平日でもどちらでもかわらなくなってしまった朝を過ごす。



ピンポーン。
唐突にベルが鳴り、克哉は新聞を置いて玄関に向かった。

「はーい、どなたですか」

「トマト運輸です」
首を傾げつつもそのまま鍵を開けると、立っていたのは本多だった
「驚いt...」












バタン。



「うわっ、ひでえ!! 閉めんな、オイ!!」
「何でヤマトとか言うんだよ!!」
「驚かせようと思ってよぉ、開けてくれ」
ドア越しに騒ぐ。

「今は駄目だ、ちょっと待ってくれ」
「はぁ? 何で」
「ちょっと、今色々あって」
部屋の中には自分が寝ている。
この状況をどう説明しろと??

「女か? 女でもいるのか? 紹介しろ!!」
「違うし!!」
その騒がしさに克哉がとことん不機嫌状態で起床した。

「何を騒いでいる」
「来るなっ、<俺>!!」
小声でシッシと追い払う。

「は?」
「本多だ、本多が来たんだ」
「お前が隠れていればいいだろう」
「この状態でソレを言うか!? オレは今手が離せないから」
「押さえておいてやる。早く隠れろ」

隠れろ、と言われても
そんなに広いわけではない。
ベランダか、風呂場かそれくらいだろう。
「...」




結局風呂場に隠れる事にした克哉は、
少しばかり本多と克哉の話に耳を傾けながら、小さく蹲っていた。

「はぁ...オレももう少しちゃんと本多と話したかったなぁ」
最近はもう一人の自分が会社に行っているために、
まともに人間と話していない気がする。

「<俺>が隠れればいいのに」




***




「別になんともねえじゃねえか。バタンとか閉めやがって、この」
「朝早く唐突に来られて驚いただけだ」
「ってか、さっき出た時と服違くねえか?」
「...見間違いだろう。俺はさっきからずっとこれだ。着替えさせてくれ」
まだ起きてから5分と経っていない。
ぼさぼさの髪を掻き揚げると、歯くらい磨かせてくれと、洗面所に向かった。



「.....不機嫌そうだな」
「当然だよ..オレだって本多と話したいし」

「...」
完全に拗ねている克哉に、克哉は溜息をついた。
「莫迦なことをしたら一生監禁するからな」
「...へ?」




「えへへへ」
克哉の言葉が、『本多と話していい』ということだと理解した時から笑いが止まらない。
案外良いところあるじゃんと、日々のさり気無い努力が報われたと思う。

毎朝毎朝朝食作って、時折「急ぐからいらん」とか言われて、
帰ってきてからも夕食作って、ほぼシンデレラ状態の生活の克哉をようやく彼が認めてくれたのだろうか。
自然と笑顔がこぼれる克哉は
早速莫迦丸出しだが、まあ許容範囲内(誰の)ということで処理。

「どうしたんだよ」
「なんでもない。で、何で来たの?」

「コレ昨日忘れてっただろ、会社に」
「へ?」
風呂場から含み笑いが聞えてきた気がした。
「お前もこういうの見るんだなー!!」
「え? 何コレ」





「AVだろ」



しーん。

「いやぁ、『バレーの試合』とかって書いてあるからさー、
 興味本意で見たら最初の10秒以外全部ソレなんだな。
 思わずビール吹いちまったぜ」

笑って言う本多に、克哉絶句。
「(...死んでほしいな、ってか死にたいな)」
眼鏡の克哉の陰謀なのだろう。

しかしながらなんとしてでも自分がコレを見たいわけではないことをアピールしなくてはならない。
「友達がね、面白い映像あるからって言って借りたのがそれなんだ。あー見なくて良かった」
ちょっと棒読みである。

「そっか、お前が見たかったわけじゃねえのか」
「(...本多!?)」
何で残念そうにするんだと克哉は焦る。
「どうかした?」
「いや、何でもねえ!! おう、安心した!! ...って、これ誰が貸したんだよ」
「...ほ、本多の知らない人」
先ほどから目が泳ぎっぱなしである。
いい加減逃げたくなってきた。
どこまでアイツは卑劣なんだと泣きたい。

このために克哉は克哉と本多が話すことを許してくれたのだ。
大体克哉がそんなに優しいわけが無い。
信じた自分が莫迦だった。


「今日のお前、何か戻ってるな」
「ん?」
「最近のお前、ツーンってしてる気がしてたんだ」
「...あはは、そう、かな」
気がするも何も事実ですから。
と克哉はぎこちなく笑う。

「仕事忙しいから、かな...。え、でもどれくらいツーンてしてる?」
「...最悪、『御堂』って感じだな」
「...」
「むしろ御堂よりすげえ威圧感って感じ」
「...」
「別人見てえだぞ、ホントお前」
別人ですから、残念。
あまりに古いギャグまで飛ばしてしまうほど、嘲笑の域である。


人はどうしようもない時笑うらしい。






***




なんとか本多に帰ってもらえた。
何故ならあまりに長く話しすぎて、というか本多が話してきすぎて、
風呂場の方から怒りの振動がどんどんと聞えてきたからである。



「ちょっと<俺>!! もう少し穏やかに仕事できないのか!?
 御堂部長より凄いって!! 御堂部長より!! 本多がそんな風に言うなんてどんだけだよ!!」

「ふん」

「立ち直ってないでよ!! っていうか、わざとこんなものデスクの上に置いておいたんだろ」
「知らないな」

「月曜日からはオレが行くから。会社」
「そうか。じゃあ俺の倍の稼ぎを出してみるんだな」
「莫迦言え、そんなの無理に決まってるだろ!!」
「腹がすいた。早く昼食を作れ」
「横暴すぎるだろ、ちょっと。ここ一応オレの家なんだから」

今日も騒がしい1日になりそうです。






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