結局太一にバレた。
太一としてはむしろ克哉の秘密が知れて嬉しかったようではあるが。
結局犬耳は予想通り1日で消えた。
「平穏な毎日に文句言うものじゃないね」
平穏を享受することを心に誓った克哉であった。
これ以上なにか起きられたら堪らない。
「<俺>、おはよう」
大きなあくびをして、重たい瞼を擦る。
そしてリモコンで電気をつけてベッドを確認する。
しかし、そこには誰もいなかった。
「...<俺>?」
辺りを見回しても誰もいない。
眼鏡もない。
「...<俺>!?」
会社にもう行ったのだろうか。
そんなはずはない。
物音がしたら起きるし、
大体家にまだスーツはある。
「...」
嫌な予感がした。
その嫌な予感に、ある意味少し克哉は自己嫌悪した。
ちょっと前までは、眼鏡の自分にいなくなってほしいと願っていたのに。
いないことが、嫌。
昨日は平凡な毎日を享受しようと誓ったのだ。
これ以上何か起きたら堪らないとも思ったのだ。
その所為で、克哉は消えた?
克哉はとんでもない虚空感に襲われた。
しんと静まり返った自分の部屋。
何の音もしない。
克哉は、唇をぎゅっと噛み締めた。
会社に行った。
久しぶりの仕事だった。
片桐たちにも会うのは久しぶりだ。
「おはようございます、佐伯君」
「あ、おはようございます」
会社に着くなり声を掛けられ、克哉は挙動不審をしながら返答する。
「どうかしましたか? 浮かない顔ですね」
お茶を差し出しながら、片桐は克哉に問うた。
「え?」
「ここしばらく佐伯君ずっと楽しそうにしていたのに...、今日は何だか寂しそうですね」
片桐の言葉に、克哉は疑問の言葉を漏らす。
楽しそうにしていた。
<俺>はずっと楽しそうにしていた。
克哉は、胸を痛めた。
確かに嫌なことも沢山された。
でも確かに色々してもらっていた。
先日も<俺>の良さには気付いていたのに、
それを<俺>は自惚れだと言うから、逆ギレしてしまった。
それはきっと彼なりの照れ隠しで、
そう理解した瞬間、頬を何かが伝った。
「佐伯君?」
「...あ、れ...」
それが涙だと分かるまで、少し時間が掛かった。
自分は泣いていた。
もう会えないかもしれない。
もう戻ってこないかもしれない。
克哉は、すみません、と片桐に言い残すと走ってオフィスを飛び出た。
扉の所で本多と鉢合わせをした。
「克哉!?」
「っ...!!」
手首を掴まれて克哉は足を止めた。
「何でお前泣いてんだ」
「しらない、はなして」
掴まれていない方の手で口に手を当てて、
歪んだ顔を隠す。
「知らないってお前...」
怪訝そうに眉を顰める本多だが、
克哉は全く本多を見ていないためにそれすら気付かない。
「お前昨日は『自分のために仕事やるんだよ』っつってたじゃねえか」
「...」
その言葉が更に克哉の胸に刺さった。
<自分>のために仕事をする。
克哉は再度唇を噛み締める。
「離してくれ」
「あんなに元気だったのに、何があったんだよ」
心配そうに本多が問う。
その時若干彼の掴んだ手が緩んだから、克哉は振り切って逃げた。
「ごめん、ごめんっ」
目的もなくただ走った。
走って走って走って。
「...戻ってきてくれっ...、<俺>!!」
気が付くと、全く知らない、建物の前に着いていた。
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