地域の交番に勤めていた克哉は入社三年目の極普通の警官だ。
今日は同期の本多と、その他の警官と共に近くの小学校で
交通ルール等の講義を行いに来ている。

こんな場でも緊張してしまう。
小さい子供たちに体育館で横断歩道の渡り方や、
登下校中や、普段遊んでいる時に何かあった場合どうするかなど、
説明をしていく。
「(本多はやっぱり凄いなぁ)」
本多の説明は覇気があって分かりやすい。
それに比べて自分は、と自虐的なことを考えていた最中であった。


唐突にバン、という高い音が響き、
全員の視線が体育館の入り口へと向けられた。
「こんにちはー、おまわりさん」

そこに立っていたのはオレンジ色の髪の青年と、
その他数人の銃を持った大学生くらいの男子だった。
先ほどの銃声から、それらの銃はどうやら偽物ではなさそうだ。
「皆動くなよ〜」
「っ...!!」
にんやりと嗤った青年たちは体育館の入り口を全て塞いだ。
子供たちはその異様な空気に、泣き出す子さえ出てきた。
「ったく...、俺、ぅるせぇガキってだいっ嫌いなんだよな!!」
「太一サン、泣いてるガキ殺っちゃえばどうっすか?」
「殺るのは勝手だけどよ? 俺に迷惑かけるのはやめてくんない?」
「...じゃあ外に」
「そうだな...。人質多いとメンドーだし...、そこのおまわりさーん?」
太一と呼ばれた青年は銃でホイホイと克哉を指す。
克哉は体をびくんと震わせて上擦った声で返事をする。
「はっ、はい!」
「アンタだけが残って。後は...そこのセンコー」
「へっ!? ぼ、僕...ですか!?」
指名されたのは片桐という主任だった。
「後のはいらねえから、今から一分以内に消え去れ。
 あとは勝手にしやがれ〜」
「なっ...、克哉が残るんなら俺も残るっ、でなきゃ、克哉の代わりに俺が」
「はーい、残念。俺そういうウザイ奴大ッ嫌いなわけよ。
 さっさと失せないと撃つよ?」
「本多っ...、オレは大丈夫、だから...」
泣きそうになるのを堪えてそんなことを言われても
本多はますます心配になるばかりだった。
「ホント、大丈夫だから、ね!?」
「そーゆーこと。克哉ってコイツ物分りいいじゃん」
ひらひらと手を振って本多を追い出した太一と呼ばれる青年は、
グループ内の男にドアを完全に塞がせた。

「(オレどうなるんだろう...)」
体育館のすみっこで小さく丸まっている克哉。
ちらりちらりと辺りを見回すが、
数メートル離れたところで片桐が小さく正座をして丸まっているのと、
バラバラと数人の銃を持った男がうろうろしているだけだ。

「(本多優しいよな...)」
本多のほうが将来有望で、
自分なんて先日もひったくりを逃がしてしまった間抜けなのに
本多に何かあるくらいなら、自分がどうにかなった方がマシだと思った。

ヒクヒクと声がした。
「(...?)」
顔を上げると、片桐が泣いているようであった。
「泣いてんの? だっせぇオヤジ!」
あははと嗤い声がした。
「センコー選び間違えたかぁ?」
「今更取り替えるなんてできないぜ」
「太一サン、どーするんすか、コイツ」
「はぁぁ、ウゼえのは嫌いだって言ったのに。
 おい、オヤジ、携帯電話持ってるだろ?」
「え...? ...その...」
口ごもる片桐に、太一が顔を歪ませた。
「はぁ? 持ってないわけ!?」
「い、いや..職員室に置いてきてしまって...」
「わー。使えねえ」
「す、すみません...」
ますます泣き出してしまった片桐に、克哉が立ち上がる。
「あ...携帯...持ってます...」
「は? アンタのところに校長の電話番号入ってんのかよ」
「......入ってないです」
シュンとなり、再度座り込む。
自分の行動の無意味さに笑えてくる。
「まあいいやー。それでテキトーに本多って男のとこに電話してよ」
「、...、は、はい」
ぴ、ぴ、と微妙に震える指をぎこちなく動かして本多の携帯を呼び出す。
『克哉か!! どうした!!?』
「あーウン...、えっと」
『応援を呼んだからな!! もう大丈夫だぞ』
「えーと...、」
「はーい、本多さーん。校長を今から3分以内に呼んでー。
 じゃないと本多さんの大好きで堪らない克哉さんを殺しちゃうよ〜。
 3分以内にまた電話かけなおしてね」
『ちょ、おまっ』
ブツリと強制的に切った携帯電話を自らのポケットにしまう。

1分もしないうちに折り返しの電話があった。
「早いねぇ。そんなに克哉さんが大事?」
『校長はもともと横にいるんだよ!!』
「あ、そう。 早く出して」
『な何だね、君は!!』
「大隈校長。アンタ早く借金返しなよ? 俺んとこに8000万。
 忘れたとは言わせねえよ? 俺。五十嵐の孫」
『っ...!!』
「いーい? 明日までにこの学校潰すことなんて朝飯前なんだからさ
 悪あがきはかっこ悪いよ?? マジじいちゃん怒ってんだから。
 えーっと、8000万、俺ヤサシーから今から5時間後までってことにしてやんよ。
 悪いのはそっちなんだからね?」

二分程度で会話を終わらせると携帯電話を乱暴にしまった。
「あーあ」
深い溜息をついた太一はその場にドサっと胡坐をかいた。
「ハイハイ、その泣き虫オヤジは逃がしていいよー」
「オレは!?」
「まだ駄目。金が来るまで人質」
「...」
一瞬の希望を一蹴されて、克哉は項垂れた。
片桐が体育館から出されて、ついに克哉1人になった。

「(オレってどこまで不幸なんだ...?)」
半べそをかいていると、
唐突に何かが動いた気配がして、顔を上げた。
「?」
正面に立っていたのは太一で、また何をされるのかと克哉の心臓がまたバクバクと震え始めた。

しかし、彼の口から漏れた言葉は驚くべきもので
「ごめんね」
「へ?」
耳を疑った。
「迷惑かけるつもりはなかったんだ、爺が五月蝿くてよ」
「爺?」
「俺の祖父。ヤクザさんなんだ。早く逝っちまえばいいのによ」
「...そ、そう、なんだ...」
ドキドキして上手く言葉が出てこない。
目も泳ぎっぱなしだ。
「怖がんなくていいから。俺アンタのこと殺さないから」
「...」
「ただ三時までここに居てもらうだけだから、ホント。
 あいつらも全員俺のダチだからっ!!」
ごめん、ごめんと何度も顔の前で手を合わせる。
「でも警察がもうすぐ...」
「あー、ウン。それは後でどうにかする。大丈夫」
「大丈夫って...」

サイレンの音が遠くからやってきた。
「ほら...」
学校の前で止まったと思えば、
すぐさま口論が始まったようだ。
「中に1人? しかも警官...佐伯克哉が中にまだいるのか」
「遅いんだてめえは!! 御堂!!」
経緯を話し、それなりに御堂も状況を掴んだ。
「五十嵐のところか...」
「ったく五十嵐も大隈も迷惑な。で大隈、払えるんだろうな?」
「厳しい...」
「...、御堂、早く銀行と交渉してくれよ」
「上司に対する態度を改めたまえ」
「わーったからよ、早く、一分でも早く人質解放してくれよ!!
 中で何が起こってんのかもわかんねぇんだから!!」
「全く..君はまるで佐伯くんの父親だな」


「お腹すいた...」
ぐるぎゅーと盛大に腹の虫が叫び声をあげる。
「しかも体育館って案外冷えるし」
まだ目の前に大きな銃があるので
克哉は寒さなど感じることも出来ないが、
どこからともなく風が吹き込んでいるのは分かる。
「克哉さん寒くない? 大丈夫?」
「う、うん」
「って、手、超冷たいし!! ほら、コレ!!」
「え、でも」
ふわりともともと首に巻いていたマフラーを克哉にかける。
「俺なら平気だから」
ニカっと笑ったその笑顔に、克哉はなんだか至極安心した。
「俺の所為だもんね」
「...」
よく分からないが、
いつのまにか彼に対しての恐怖感はどこかへ消え去っていた。
先ほどからあるのは銃に対する恐怖で、
それだけだったことに気付く。
これが俗に言うストックホルム症候群なのかと1人で首を傾げてみる。
「あ、あの、えっと...二人で」
二人で巻けば寒くないよと言おうとして
それはとんでもない爆弾発言だったという事に気付き黙る。

「二人で? 二人で巻く?」

笑顔のあなたに、何でこんなにも心惹かれるのか。
「あ、克哉さん笑った」
「え?」
「当然なんだけどさー、こんなことしたし。
 笑ってくれないと思ってた」
嬉しそうな顔。
自分の中のおかしな感情に気付いた。


「何!? 渋滞!?」
『事故だ。八方塞だ』
時刻は2時。
今こんな状態では三時までに現金が届く保証がない。
「畜生...!!」
本多の焦燥感に満ちた叫びが響く。

「本当にお腹空いたね。外に居る本多に何か持ってきてもらおうか」
外の緊張感溢れる空気とは正反対に、
穏やかな空気が流れていた。
「じゃあ俺電話すんね」
みんなで体育館の中心で円になって座り、雑談に花を咲かせる。
「ごほん、あ、本多サン?
 飯持ってきてよ、飯!! テキトーに、何でもいいから。
 あ、飲み物はあったかいやつ。冷めてたらその冷めたやつ克哉さんにぶっ掛けるよ。
 克哉さん寒くて大変だろうなぁ」
『わ、分かった』
「盛ってきたら入り口のところに置いとけよ」
ぴ、と携帯を切る。
「超ウケた!! 本多サンの声めっちゃ震えてたんだけどー」
「ねえねえ、克哉さん、本多って普段もあんな?」
「うーん..、大学時代はオレとバレー部で...、オレはすぐやめちゃったんだけど、
 あいつはキャプテンで...」
「あー...。確かに体育会系...」
だはは、と笑う光景は和やかそのものだった。

数分後、息を切らして本多が入り口に立った。
「持ってきたぞ、暖かい食べ物と飲み物...」
どんどんとドアを叩くと、それに克哉が反応して立ち上がった。
「克哉さん、俺行くから」
と克哉の制服の裾をひっぱったとき。
「わっ!!」
急に抵抗力が掛かった所為で、克哉のバランスが崩れた。

ばっちーん!!

体育館の床に熱烈に抱きついてしまった克哉は、
顔面を強打した。
「イタ...ッ!!」
ドン臭い自分に呆れていると、ドアを叩く音が強くなる。
「克哉!? 克哉!? 大丈夫か!?
 五十嵐ッ!! 何で克哉を殴るんだよ!!」
勘違い。

「ぁ...」
必死な本多を余所に、太一をはじめとする男たちは笑いを堪える。
「ドアの前に置きな!! お前にはもう要ないから。
 現金の準備は出来てるだろうね!?」
「なっ...。持ってきてやったのにその態度は...」
「克哉さんがどうなっても知らないよ〜」
「っ...。現金は今こっちに向かっている...」
「ふ〜ん。遅れたらその時点で克哉さんは帰らないからね」
あと40分。
まだ現金は静止したままだ。

「あったかい」
ホットレモンを飲みながら、再度長閑な空気を堪能する。
それぞれに腹ごしらえも済ませ、満腹でぽかぽかしているし、
それぞれの話は面白いし、既に自らが人質であることなど脳内から吹っ飛んでいた。

「あと15分かぁ」
時計を見ながら太一が気の抜けた声で残り時間を告げる。
「来ないんすかね?」
「来なかったらオレ、どうなるの?」
来ないかもしれないという可能性が生まれて、
若干克哉の不安が胸に影を落とした。

「帰れなくなりますね」
「かえれなく?」
に、と笑った顔に悪意は感じられず、克哉はただ
"俺アンタのこと殺さないから"という言葉を信じる事にした。



携帯電話を取った。
本多の携帯電話を呼び出し、単調な電子音が鳴ったのとほぼ同時だった。
ドンドンと体育館のドアが重たい音を上げた。
「8000万!! 用意できた!!」
「...ぁ...」
太一が誰にも分からないくらい微妙に眉を顰めた。
「克哉さん、もう自ゆ...」
「太一」
唐突に克哉が真剣な顔で太一を見た。
「...ぇ...何」
「また会えるよね?」
「何言って...」
「もうお別れじゃないよね?
 オレ...また太一に会いたい...。変かな...人質...だったのに...」
「ぇ...、そ、それって...」
頬を赤らめて言う克哉に、太一は吃驚した。
「それって"好き"ってこと?」
喉に詰まる言葉を一つ一つ丁寧に並べて、太一は問うた。
「すっ、好き!? えっ...と...それって...あの...
 つまり...えっとどっちの、好き...? "Love"? "Like"?」



しぃぃぃん...

「そんな選択肢上げるってことは俺の事Loveなんだぁ!!」
「っ...!!」
地球の裏側まで墓穴を掘った克哉は思わず顔をトマト級に真っ赤にする。
「俺も、好きだよッ!! 最初見たときからっ...
 だから俺克哉さんを人質にしたんだもん」
「へっ...?」
「よぉし、俺決めたっ!! 克哉さん帰さないから!!」
嬉しそうに笑顔を輝かせて、
太一は体育館の扉を開けた。


現金を受け取ると、
乱暴に礼を言って、克哉の手を引いた。
「おいっ、五十嵐ッ!! 克哉を放せ」
「ブー。残念三秒遅かったでーす。はい、皆動かない事。もう俺ら迎え来るんで。」
一行の目の前に黒塗りの車が丁度二台止まった。

「ちょ、克哉!!」
「ぁ...ぇっと...ごめん、本多」
「ごめんっておまっ!?」
車に乗り込むのを、ただ唖然と眺める。
乗った時、太一が克哉にキスをしたのを本多は見逃さなかった。

「てんめえええええッ!!!!!」
真っ赤になって怒る本多を残して、
そのまま翌日を迎えてしまった。

「克哉!!」
「あ、おはよう、本多」
「無事だったのか!!」
「うん」
朝いつもどおりに顔を出した克哉に本多がガバッと飛びつく。
「御堂さんにもちゃんと無事伝えたし...あと...」
「あと?」
胸ポケットから封筒を取り出す。
「オレ、他の交番に移ることになったんだ。ごめんね、本多」
「何ッ!?」
「志垣地区に移ることになったの」
太一が、克哉と本多が一緒に居て欲しくないということから、
本部の顔見知りに頼んで変えてもらったのだ。
「かーつやさん!」
「あ、てめえええッ!! 逮捕だ逮捕!!」
「逮捕できるわけないっしょ。大体俺らが情報提供してるおかげで警察は動けるんだよ」
「じゃあ、本多! またね」
「え!?」
太一と本多で争っている間に克哉は荷物をまとめて移転届けを提出してしまった。
「またねじゃないでしょ、もうお別れなんだから」
「でも...友達...だから...」
「しょーがないなぁ、俺同行でなら会ってもいいよ!!」
「はっ! 何でお前同行なんだよ」
「だって俺ら"恋人"同士だから。ね、克哉さん」
「...ぅ、うん」

「てんめえええええッ!!!!!」
昨日と同様に真っ赤になって怒る本多を残し、
急がないといけないんだと二人は車に乗り込む。

ストックホルム症候群なんかではない。
これは列記とした恋だから







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反省部屋
ぼええええええええええええ(エクトプラズム中)

太一誕生日おめでたう。

ごめん、何か色々無視してる。

太一もっと黒いとよかった(爆。

携帯で本多に電話させて、その間に犯して
本多に声きかせてやればいいとか思ってた(ちょ。

っていうか相変わらず本多、最低な扱いを受けてるんですが...

うーん。

片桐さんは無事に帰還し、
子供たちに慰めてもらいました。







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