今日は3月14日。
横ですやすやと無防備に眠る<オレ>を眺めながら、
朝の静かなひとときを迎える。

「むにゃ...」
まだ夢の中の<オレ>が何か言いたそうだった。

「...<俺>...の...、作ったチョコ...おいひ...」
食べる夢を見ているのか。
しかも、俺の作ったチョコレートらしい。
幸せそうに口元を動かす奴の表情は、そそられる。
「ふわふわ、ガトー、しょ...こら...」
更にガトーショコラらしい。

そういえば今日はホワイトデーだ。
お菓子業界の戦略丸見えなイベントだが、
こいつはお返しを期待しているらしい。
しかも俺の手作り。


チョコレートは購入してはおいたが、
夢の中の自分に負けている気がしてならず、
俺は<オレ>を起こさないようにベットから起き上がった。
普段お菓子作り、それどころか料理全般をやらない俺だけに、
台所に向かうことに対して嫌悪感すらある。
せめてただの料理なら文句は無い。
25にもなって、ホワイトデーに手作りチョコを、というそれが嫌なのだ。
しかし振り返ると夢を見ながらにやりと口をだらしなく開ける<オレ>を見ると、
それくらいたまにはしてやるか、という気にもなってしまうから不思議だ。


つくづく<オレ>には敵わないと思う。


パソコンを立ち上げて、ガトーショコラの作り方を検索する。
足りない材料を調達するために、テーブルの上にメモを残して買い物へ出かける。



帰ってくるなり<オレ>がそわそわしながら俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたんだ?」
「今日はホワイトデーだろ。作るんだよ。ガトーショコラを」
「ええええ!? <俺>が!? ま、まさか正夢...」
<オレ>の寝言に感化されたんだとは言えるまい。
正夢だと思わせることにした。
「大丈夫? お菓子なんて作ったこと無いだろ」
一ヶ月前のバレンタインデーで<オレ>は初めてお菓子を作った。
そのときは当然俺と分離済みだから、俺が菓子を作るのは全くの初体験だ。
「俺にできないことがあるわけないだろう」
「そ、そうだな...。多分」
多分とは何だ。失礼な。
料理も菓子作りも大して変わらないだろう。
<オレ>にも上手くできたんだ。俺にできないはずがない。


さっそく俺は買い物袋の中身を並べた。
チョコレートとバター、生クリームと卵、砂糖とココアパウダーと薄力粉。
<オレ>は興味津々に後ろから覗いている。

「何々...。刻んだチョコレート50gとバター40gはボウルに入れて湯銭にかけ溶かす?」
チョコレートを刻んでいると手がべとべとになって気持ちが悪い。
何故俺がこんなこと...。
この作業くらい<オレ>にやらせようと思ったが、
楽しそうに熱いまなざしで(チョコレートを)眺めてくる<オレ>に、何も言えなくなる。

「しっかり溶けたら生クリームを少しずつ加えよく混ぜる...」
作り方を口に出して唱えながら、ボウルを抱え込みヘラでかき混ぜる。
【少しずつ】の割合が分からず奮闘する。

「それって少しじゃなくない?」
半分以上生クリームが一気に入っていくのを見て<オレ>が口出しする。
「五月蝿い、ならお前やれ」
「...割と大雑把だよな...」
「五月蝿い、黙れ」
「ほらほら、卵、卵黄と卵白にわけないと」
「...」
気持ちのよい音を立て割れた卵は、小皿の上に白身と黄身共に収まっている。
どうやって卵黄だけを取り出せば良いのか分からない。
「違うよ、<俺>。卵を割ったときに殻の中に黄身だけ残して白身を落とすんだよ」
「そんなこと今更言われたってどうしようもないだろう。役立たず」
「役立たず!? なんだよ、不器用!」
「俺が不器用ならお前も不器用だ」
「そうだよ、不器用だよ! 何か文句ある?  バレンタインのだって...何度も...やり直したんだ...から」



固まった。
「そうなのか?」
「そうだよ!! 失敗したのは全部太一にあげたの」
ぷい、と照れながらそっぽを向く<オレ>は、
今すぐにでもいただきたい。
が、今この生卵の付着したべとべとの手ではなんとも上手くいかない。
生卵プレイ?


別のボウルに 卵黄と砂糖の半分を入れ、白っぽくもったりとするまでホイッパーでよく混ぜ、
卵白は冷蔵庫に入れ冷やしておく。
ボウルの中に先ほど溶かしたチョコレートを入れ再度よく混ぜる。
全部一緒に最初から混ぜたいものだとつくづくお菓子作りの面倒くささを知る。


ふるっておいた粉類を更にふるいながら加え、ホイッパーで粉っぽさがなくなるまで混ぜる。

と書いてあったが、振るうのが面倒くさかったので、
ここはそのまま投入。
<オレ>もあまり見ていなかったようなので、まあいいことにする。

しかもそれが固まらないように暖めながら混ぜろということで、面倒くさいことこの上ない。



冷やしておいた卵白に残りの砂糖を加え...
と書いてあったが、残りの砂糖が見当たらない。
そういえば先ほど「粉類」の時に全部砂糖は入れてしまっていた気がする。

「砂糖を残しておけなんて書いてなかったぞ」
あくまでネットの所為にして、作業続行。
砂糖は10g追加した。
甘くなるのは好きではなかったが、
計った時点で5gほどサバを読んで少なめにしたので
結果オーライなはずだ。
先を読んだ俺は流石だと思う。

とにかくメレンゲを作る。
ハンドミキサーなんてものは普段お菓子作りをしないここにはあるはずが無い。
素手で混ぜるのみだ。

ちゃかちゃか混ぜて漸く角が立ってきたところで、
俺の観察に飽きてテレビを見ていた<オレ>がこちらに顔を向けた。
「ハンドミキサーあるのに」


何 故 も っ と 早 く 言 わ な い 。

バレンタインの時に買っていたらしい。
完全に俺と<オレ>が分離すると不便なことも生じてくる。
<オレ>のことが全て分かるわけではなくなってきているのだ。
そうだ、二つの別々の存在となった今、
共有するところは、確実に、減っている。
お互い、Rを傷つけてまで分離していたいと願ったのに、
同時にそれは少し寂しいことでもあった。
時間を共有するために、体の共有をやめた。
でもいつかまたRが戻ってきて、一人ぼっちになるのだろうか。

「<俺>? ほら、これこれ、ハンドミキサー。はい」
ぼおっとしている俺に、<オレ>がハンドミキサーを手渡してくれた。
「改めて見るけど、凄い似合わないね。こういう女の子っぽいこと。
 <俺>に似合わないって事はオレにも似合わないんだろうけど」
苦笑する<オレ>に、俺は
「似合っている」
と呟いた。
聞こえていたのか、<オレ>は、
「何ソレ、どういう意味だよ」
と、俺の言葉をマイナスに捉えたらしい。
そういう意味ではない。
可愛いんだと、口には出さずに思った。


俺はメレンゲを何とか泡立てた。

次はそれらをボウルに3回に分けて加えるらしい。

うち2回はホイッパーでグルグルとよく混ぜ、
残り1/3はゴムベラで切るように混ぜるらしい。
区別したところで何の意味があるのかこと如くわからない。


色が均一になり、更にツヤが出るまで混ぜる。
そして漸く15cmの丸型に流し入れ、160℃のオーブンで60分焼く。
一時間も焼くのか、これは!!



一時間焼くということがなんだか不安すぎて、
俺はどうしてもオーブンの前から離れられない。
絶対焦げるだろ、コレ。
ショコラが焦げなかったとしてもきっとオーブンの周りの何かが熱で焦げる気がする。

そのまま一時間が経過し、オーブンが音を鳴らして焼き上がりを告げる。
「いい香り」
いつの間にか後ろにいた<オレ>はくんくんと幸せそうに匂いを嗅いでいる。
「俺が作ったんだから当然だ。一発で上手くいく」
ゆっくりとオーブンを開けると、熱い空気と共に、チョコレートのいい香りが一気に部屋に充満した。
「ほらみろ」
「あとは冷ますんだね」
型から外して冷めるのを待つ。





「おい、本当に冷ましてよかったのか」
「オレを責める気か!? 混ぜすぎたんじゃないのか?」
「ぺしゃんこになったぞ」
「だから混ぜすぎたんだって」
もともとの体積の3分の1ほどになってしまったケーキを見て、
落胆した。

「...もう一度作る」
「<俺>?」
「ふわふわのがいいんだろう」
「え...、でも...」
「ふわふわのが」
「お前って、<ふわふわ>って言うの、似合わないよな」
「変なところつっこむな」
「いいよ、これで。ううん、これがいい」
もうすっかり熱もとれて、
硬くなったそれを指して、笑う<オレ>。
「だって<俺>が初めて作ったお菓子だろ。
 大体、材料は間違ってないんだから、味には変わりないだろ」
<オレ>はその点何度も作り直して
美味しいチョコレートを作ってくれたのに、少し納得いかなかった。
でも、さっそくお皿やらを準備している嬉しそうな<オレ>を見ていると、否定する気にもなれなかった。

苺でも乗っけて皿に盛ると、
俺たちはそれらをテーブルに運んだ。

「いただきまーす」
俺も自分のガトーショコラを口にする。
薄くてあまり食べた感覚がないが、
まあ不味くはない。
流石俺だ。
しかも薄い分、5gの余計な砂糖による甘すぎも感じない。
相変わらず先の読める自分は素晴らしい。

「どうだ、<オレ>?」
「うん、美味しいよ。ありがとう、<俺>」
どこからそんな満面の笑みが出てくるのか、
にっこりと笑った<オレ>。
「ていうか何でガトーショコラなんて作ろうと思ったんだ?
 初めて作るなら普通にチョコレートとかさ」
「<オレ>が食べたかったんだろう?」
「何で分かったの? しかもふわふわなの」
「<オレ>は俺だからな!」
ふん、と鼻を鳴らしてみせる。

「...<俺>って、さ...、たまに凄く、ガキなときあるよな...」


「...なんだとッ」
「そーゆーとこ...。なんか、可愛いっていうかさ」
「お前それ自分に向かって<可愛い>って言ってるようなもんだぞ」
「違うし!」



「ほら、食べ終わったろ。お礼は」
「いや、今のがバレンタインのお礼だったんだろ」
「いいんだよ。俺がわざわざ心をこめて作ってやったんだ」
「...はいはい。...、ありがと、<俺>」

触れるだけのキスに、少々不満を抱きながらも、
まあ笑顔に免じて許してやることにした。


そして後で、<オレ>の初めて作ったチョコレートとやらを食べた太一を
シメに行こうと思う。






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懺悔室

シメられるべき存在はワタシでした。
すみません。

てか眼鏡が眼鏡じゃねえええええッ!!
ノマに対する愛を100と仮定すると
眼鏡に対する愛はきっと15くらい。
眼鏡に対する愛がないわけじゃないんです...!!
すみませんすみませんすみません!!
しばらく眼鏡を書いていなかったらこんな事態に!!

そしてそもそも文章能力の低下が著しい件。
ななななんと言いますか、鈍っちゃって!
最近コスプレばっかりしてるからでありますね! ←
甘甘目指したのに...!! ただたんに眼鏡が惚気てるだけじゃん!(禁句

というか今年貰った、片思い中の後輩から貰ったガトーショコラがぺしゃんこだったので
で、去年貰った親友からのチョコレートが湿気ていたので
なんか、ワタシはそんなに皆から嫌われているのかなと思う今日この頃の和泉だったわけです。

ってそんなこと聞いてないですね、はい。


すみませんでした。
何らかの事故です、これは。

読んでくださり誠にありがとうございました。







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