仕事もオフも全てが順調に進んでいた。
眼鏡を取っても、もとのみっともない自分に戻ることはない。
全て俺のものになった。
体も、そして地位も。


俺は新しい取引先との接待を終えて、自社に戻ろうとしていた。
今回の取引もいい反応を得られた。
俺にできないことなんてない。
全て俺の思い通りに進めてやる。


そんなことを考えていたときだった。

車道から、突然物凄い勢いで乗用車が歩道に乗り上げた。
視界がその車のヘッドライトで真っ白になった。
ブレーキとアクセルを踏み間違えたのだろうか。
逃げることも忘れて、俺は悠長にそんなことを考えていた。

俺は死ぬのだろうか。

全てが上手くいっているそのことに対して
カミサマが嫉妬でもしたのだろうか。




白い人工的な光の中で、
誰かが俺の前に立ちふさがった気がした。
――駄目だ――
俺の大嫌いな声が聞こえた気がした。

夢?




気が付くと、白い天井に、白い蛍光灯が光っていた。
目を細めて、その天井の筋に沿って、辺りをゆっくりと見回すと、
看護婦がいて、慌てたように「分りますか?」と聞いてきた。

分らない。
俺は生きているということか?

「よく助かりましたね。あのスピードの車をもろに受けて、
 奇跡的だって先生おっしゃっていましたよ」
看護婦は笑顔でそう言った。
誰かが俺の前に立ちふさがったというのは、やはり夢か。

後遺症も特に残らず、左足の骨折と左腕の捻挫で済んだようだった。
それにしても、体がどことなく軽かった。

何か大切なものをどこかに置き忘れていたような気がした。




体が多少不自由になり、不愉快この上なかった。
これで仕事に影響したらどうしてくれよう。
そんな思いで退院した俺は、松葉杖をつきながら、よたよたと、いつもの公園に赴いた。

「こんばんは。お久しぶりです。我が王。
 おやおや、何かございましたか?」
「言わなくても分っているだろう?」
「手厳しいお言葉。お久しぶりなので少しお話がしたかったのですが」
くすりと笑って、その長い金髪を振るわせた。
俺は眉間に皺を寄せて、Rの後ろの夜空をぼうと眺めていた。
「目も合わせてくれないのですか」
「お前を見てると清々しいくらい不愉快になる」
「それはそれは」
楽しそうにふわりとコートを靡かせると、俺の見ている空の方向を見つめて再度口を開いた。


「今日はお渡ししたいものがありまして参りました」
「渡したいもの? まだ何かあるのか」
「いえ、伝言ですよ。お手紙のようなものです」
「誰だ」
要するに俺以外にもRを知っているやつがいるということなのか?
俺がRを睨むと、漸く目を合わせてくれましたねと眼鏡の奥の瞳が哂ったから、
更にきつく目を細めてやった。
「佐伯克哉さんです」
「<オレ>? 今更何の用だ。もうこの体は返さないからな」
「そうではないようですよ。それでは、私の用は終わりましたので。
 ご機嫌よう」
渡された封筒はぼろぼろだった。
所々濡れたようで、カサカサしていた。
どういうつもりか知らないが、
俺はその手紙を捨てようと思った。
今更何の用だ。

ゴミ箱に投げ入れようとして、丸めて、
だが俺は、自分でも不可解だが、ポケットに詰め込んだ。

お前の悪足掻きでも読んでやろうじゃないか。


俺はゆっくりと松葉杖をとり、家路に着いた。


ビールを冷蔵庫から取り出すのにも苦労した。
「ったく」
何とか手に取った冷たいビールを持って、ベッドに腰掛けた。
スーツの上着のポケットから、くしゃくしゃの封筒を取り出す。
丸まった封筒を広げ、中から手紙を出す。
5枚程度の便箋に書かれた文字は、
几帳面なあいつにしては汚い字で、急いで書き殴った感じがあった。




**


もう一人の<俺>へ

元気にしてますか。仕事ばっかりじゃなくて、たまには本多とかとも話して体を休めてね。
食事もちゃんと栄養のバランス考えて、病気にならないようにしてね。
オレと違ってお前は何でもできるから、オレに言われたことじゃないと思うけど。

もしかしてこの手紙読まれないかもしれないけど、
読まれないかもしれないって思って、全部書くね。
今までいつもオレは<俺>の足手まといでごめん。
でもね、オレにできること精一杯探したんだ。
オレにしかできないこと。
それで見つけたんだ。
<俺>がピンチだったから、
こんな役立たずのオレよりも、お前は生きなきゃいけないから



**




途中まで読んで、俺はその便箋を力いっぱい丸めた。

くしゃくしゃと、
同時に自分の胸がくしゃくしゃと痛んだ。

何だそれは。


こんな役立たずの<オレ>よりも俺は生きなきゃいけない?


身代わりになったのか?
あの時、俺の前に立ってくれたのは、
臆病で何もできなくて、いつも全てから逃げて隠れてきたお前だった。

俺のために、お前は命を捨てた。




俺がずっと、みっともないと嫌悪していたあいつは、
そんな俺の代わりに死んだ。

「どっちが残るべきか...」
<オレ>が言うように、俺が生き残るべきだったのか?
それとも、俺が死んで、<オレ>が生き残るべきだったのか?

まだ半分以上残っているビールの缶をテーブルに力なく置いた。


軽くなったココロ。
お前がいなくなった分、虚空になった。
「消えたと思っていたけど、お前はそこにいたんだな」
そしてずっと俺を見ていた。



「なんて莫迦だ」

<オレ>に対しての嘲笑か、
それとも自嘲の笑みか。


いつの間にか、俺は泣いていた。







「...<俺>...」
「ん...」
「<俺>、<克哉>...っ」
目を開くと、そこには<オレ>がいた。
<オレ>は泣いていた。
「<俺>...、オレ、お前がいなくなる夢見たんだよ...」
肩を震わせて、
頬をぐっしょりと濡らして、

「お前も泣いてたから...」
「...<オレ>が消える夢を見た」

「いなくならないで...」
弱弱しく、そして甘く呟いた<オレ>の言葉に、
俺はちゃんといつものように笑えただろうか。
「いなくなるわけがないだろう。
 お前だけ残すなんて、心配すぎて成仏できない。
 お前は?」
問い返すと<オレ>はキョトンと泣き止んだ。
それからほのかに頬を赤らめると、少し苦しそうに笑った。
「ずっと一緒にいるよ」

俺は柄にもなく酷く安心して、<オレ>の頬を濡らす涙を拭ってキスをした。







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懺悔処刑室
はい、一ヶ月ぶりでございます。
ホントはメガホンで、事故に巻き込まれて、潜在していたノマ子が庇って、
眼鏡がノマ子への気持ちに気付く的な、
本多めっちゃ可哀想な話にしようと思ったんですが、
私そこまで鬼畜ではないので、夢落ちのただ単に克克にしましたwww

「小説で夢落ちってタブーじゃないのか」
そ、そうですか? あ、じゃあ眼鏡さんはノマ子を失いたかったですか?
「お前口が達者になったな?」
お褒めに預かり光栄です。
毎度毎度こんな地下牢みたいなところにつれてこられて
こんなやりとりしていたら嫌でも...。
「いい加減反省できないのか?
 ...ああ、それともお前はドMなのか」
違う。それは断じて違う。大丈夫、私Nですから。
「嘘をつけ。高校時代の部活のアンケートでドMランキング2位の癖に」
なななな何故ソレを!!!!!
「私でございます」
Mr.R−−−−−ッ!!
「それでは今回は海老責めをいたしましょう」

海 老 責 め !!

流石Rは発想がマニアック!!!

あは、は、ははは


ぎょえええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!







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