「いやぁぁぁあああッ!!」

ドアの外が急に騒がしくなって、
ノックもせずに扉がガゴンと音をたてて開いた。
「華月ぃぃぃッ、死んじゃあああいやあああッ!!」

「死なないよ」


「ああ、はううう。良かったよおおおっ」
「く、苦しい...し、死ぬ...」
「ぎゃああああっ、し、死ぬな!!」
「祐が、祐が僕を締め付けてるんだって」

「祐李が、華月を締め付けてる?」
葉月があからさまに嫌そうな顔をして入室してくる。
「あ。卑猥に取った!! 華月、葉月危ないよ」
「お前が一番危ないだろ!! 不法侵入者!!」

ベッドに上半身を起こしている華月に抱きつきながら、
祐李はむふむふと華月の髪に鼻を押し付ける。
「(少しまだ血の匂いする)」
そんなことを考えていたら、
葉月の渾身の一撃が祐李の頭にヒットした。
「痛い、何するわけ」
「気色悪いんじゃお前」
そんな二人のやり取りに華月は思わず笑みをこぼした。
「(...笑った...)」
祐李はそんな華月に少々安堵しながら、
まだジンジンと脳に響く痛みをただただ醜い顔で堪えていた。


「夕飯作るよ。食べていけば? 祐」
「いいよ、いいよ。迷惑掛けにきたわけじゃないし」
華月がベッドから起き上がろうとしたのを
祐李は慌てて止めた。
「大丈夫。...言ったでしょ、僕人間じゃないんだから」
祐李の耳元でそっと呟く。
その言葉に祐李は愕然とした。





こういうとき華月は強情である。
結局華月が夕食を拵え、それを葉月と祐李が食べる形になった。
「ホントお前大丈夫か?」
「大丈夫だよ。そういう風に何度も何度も言われるとこっちもストレスだよ」
「そ、そうか。ごめん」
「謝ることはないけど...。ありがとう...」

しんみりとしてしまった空気に祐李が咄嗟に声を発する。
「また三人でどっか行こうよ」
穏やかに笑ってみせる。

「祐、かっこつけたところ悪いんだけど、ほっぺにご飯粒付いてる」
華月に指摘され、言葉にならない悲しみが溢れた。



「ご馳走様でした。ありがとね、華月。
 ホント華月の料理は美味しくて...、いつでも嫁に来てくれ」
「キモイ。しかも何となくハァハァしてんじゃねえよ!! ボケ」
葉月に一蹴されたがまったく気にしない。
「華月、いい事を教えてあげるよ」
「...ぇ...?」
そっと彼は華月の腕を取り、引き寄せると、
華月の耳にキスでもするかのように唇を宛がい、呟いた。

「実はね、僕も人間じゃない」


「っへ!?」
面食らったように顔をがばっと祐李に向けると、
彼はいつものように冗談染みた表情で仮面のような笑顔を浮かべたままで、
いくら読心術に優れた華月とはいえ、その真意を窺い知ることはできなかった。

「僕はいつでも華月を待ってるから」
単刀直入にプロポーズとも取れる台詞を吐かれて、
華月は思わず顔を赤らめた。
「バーカ、男に華月を渡すか」
再度殴られそうになって、祐李はふわりとそれを交わした。
「女の子になれば良かった。そしたら即効落として事実婚」
「モロッコ行けモロッコ」
「ああ、行ってこようかな」
「お前が言うとマジに聞こえるからやめれ」
「あれ? マジですが」
爽やかに笑うから、思わず葉月も苦笑いだ。
「まあ、うん。じゃあね」
「うん、バイバイ」
「また明日なー」

別れたあとでシンと静寂が落ちる。
「大丈夫か、華月」
沈黙が居ぐるしかったのか葉月が口を開けた。
「うん、大丈夫」
本人としては貧血中にたんぱく質が抜けて、
いくら人間ではないからといえ、気力も体力も残っていないのだが、
ここで「大丈夫ではない」とは言えない。

「(大丈夫? とか言ってたくせに由里奈さん全然手加減なし...)」
家にお邪魔してから、結局予想通り性交の連続で、
別の意味で意識が飛びそうになるまでヤった。
「僕そろそろ寝るね。明日も学校だし」
椅子から立ち上がって部屋に戻ろうとした華月の腕を慌てて葉月が掴んだ。
「何言ってんだお前。明日は休め」
「大丈夫だって言ってるだろ?」
「何が大丈夫なんだ!? 顔面蒼白じゃねえか」
それは勿論たんぱく質の無闇な排出によるものだ。
「一晩寝れば大丈夫。すぐ良くなるから」
「良くならねえよ!! 大体俺は華月が心配なんだっつーの!!」

「何熱くなってるんだよ。頭に響くから」
「わ、わり...。でも俺はマジに華月が心配で」
「...心配性すぎだって」
華月はふざけて葉月の頭を撫でた。

「だって、だって俺兄貴が好きなんだ」
「...僕も葉月が好きだよ」
「そうじゃねえ!! 兄貴と、兄貴とシたいとか思ってる」


読心術に優れている華月も、予想外だった。
「...一応聞いておく。何をするの」
じりじりと後ずさりを始めた華月の腕を、逃げないように強く拘束する。

混乱した。
ポケ○ンならばここで苦いきのみを食べさせれば回復するだろうが、
その程度の混乱ではない。

華月は思わず自分の腕を掴む葉月の手を毟り取って、リビングから逃亡した。


葉月は、そんな華月を見て、笑った。







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